社長日記

当グループでは、毎日、ビルメンテナンスの仕事を中心に
何百もの事業所で2000名もの方が働いています。
こんなにたくさんの人が働いていると結構いろいろなトラブルがあります。
先日も、ある現場で、入社した人間が短期間で何人も退職した事で
大変なお叱りを頂戴しました。

今では、この手のトラブルは随分減りましたが、
私が入社した15年前はしょっちゅう起きていました。
もっと情けない出来事で、入社した人間が終業後、
当社の制服を着たまま帰り、お客様の施設に立ち小便しているのを見つかった事もあります。

こんなトラブルがあると会社のみんなは、「運が悪い」
「清掃の仕事にはこんな人間しか入社してくれないからしょうがないと嘆いていました。」

本当にそうでしょうか?

私は違うと思います。
「清掃」という仕事に就くから「いい加減」なのではありません。
「会社」の対応が「いい加減」だから社員に「いい加減」な対応をされるのです。
いい加減な面接、いい加減な教育研修、いい加減な職場の雰囲気、・・・・

人は、給料が安いから「いい加減」な事をするのではありません。
「会社」が「社員」の事を大切にすれば「社員」も「会社」を大切にしてくれるのです。

妙な社員トラブルが起きない会社に早くしたいです。

弊社の本社では、毎週月曜日は、屋上にて朝礼を行います。
内容は、ラジオ体操、各部の報告、そして順番による1分スピーチです。

連日の猛暑で、朝、女子社員が「今日もやるんですか?」と聞いてきました。
「やるよ。」となるたけ余計な事言わずに答えました。
日頃、クーラーの効いた部屋で仕事しているのだから、現場のことを少しは感じよう、
と思っての事でしたが、屋上に上がるとブーイングの視線です。
(みんなの怨念か、朝礼後、私の部屋は30分クーラーが動きませんでした。)

しかし、9時前なのに大変な暑さです。
当社の現場は、大学や研究所など広大な面積の現場も多く、
控室から持ち場に行くだけでも大変な距離のものもあります。
60才以上社員が多い清掃で炎天下の時間が多いと本当に心配になります。

こんな時のためにいつも言っているのは、
「日頃は、120%仕事しよう。」です。
「暑い」、「寒い」、に「病気」や「退職」、我々の仕事はいつも「5体満足」ではありません。
そんな時、「いいよ。いつも良くやっていただけてるから。」と言われるために、
日頃は、120%やっておかないといけないのです。
1年通じてトータルで100%越え。
これが最低限の約束です。

でも、日頃から120%やってくれる人は、いつも頑張っちゃうからなあ。

本日、第32回愛知県障害者技能競技大会が豊川市にて開催されました。
これは、通称「アビリンピック」と呼ばれ、障害者の就業支援の競技会です。

今年から「ビルクリーニング」も種目となり、
運営を愛知ビルメンテナンス協会がまかされました。
障害者支援の担当である私も競技委員としてお手伝いしました。

そこで何と、当社社員が銅賞を獲得しました。(ありがとうございます)
競技の内容は4m四方の部屋のダスタークロス掛け、ゴミ取り、水ぶきモップ、
そして机拭きです。
これを12分で行うのです。
簡単なようですが、決められた様に行う事は、案外難しいのです。

少し知的障害がある彼女ですが、本番にいたるまでは何日も練習しました。
前日も丸一日、当日朝も早朝練習。
やるほうも大変ですが、支援して教えるほうも大変なのであります。
こんなに練習しても、ちょっとしたきっかけで真っ白になってしまう事があります。
当日も、競技場が男性ばかりということで真っ白になりかけました。
運良く、競技が昼からの順番で何とか昼休みで回復。
みんなの応援もあり、りっぱにやりきりました。

その結果、銅賞をいただきました。
わずか12分のために本人をはじめ、たくさんの人間が費やした何十時間は、
すばらしい感動と思いでになりました。
ありがとうございます。

P.S.
金賞をとった方も知的障害のある方でしたが、
「おめでとうございます。全国大会も頑張ってね。」と握手したら、
泣いてしまいました。彼も相当練習し、プレッシャーがあった事でしょう。

人生いたるところに感動ありです。

標題は、中学校の国語の教科書に載っていた言葉です。
安岡章太郎の「サーカスの馬」という小説の一節です。

主人公の少年は、成績は最低、運動もだめ、特技もない、性格も悪い、そのうえ怠け者。
口癖は「まあいいや、どうだって」。
そんな少年がサーカスにいたよぼよぼのやせっぽちの馬をみて、
自分と同類のような共感を寄せるが、じつはその馬が
サーカスの花形であった。という話です。

私の中学時代は、世の中は、シラケ世代と呼ばれ、
三無主義(無気力、無関心、無責任)、四無主義(無感動)の時代でした。
「まあいいや、どうだって」は当時の自分そのものの言葉でした。

この小説に出会って以来、私は、「まあいいや、どうだって」と言わなくなりました。
「まあいいや、どうだって」と言いたくなる局面はたくさんありますが、
このフレーズを言う前に、「もう少しできることやっておこう」
「やらなくていけない事をやっておこう」という人間になりました。

今年50才になりましたが、いまだに忘れられない中学の教科書の言葉です。

連休中、全英オープンを見て、石川遼くんが、BBCのインタビューに
通訳なしで英語で答えていました。
びっくりするとともに負けちゃおれんと思いまいた。
思えば、最近のスポーツ選手は平気で外国語を話します。
サッカーの中田、本田は記者会見時からほぼ通訳なしでした。

スポーツ選手は、「勉強嫌い」といつまでたっても英語を話さない、
野茂や松井は、もはや少数派なのです。

私にとって、肉体も収入も負けているプロスポーツ選手に対して
唯一優越感があったのは「脳ミソ」だけです。
「脳ミソ」まで負けたら勝つ事一個もないです。

最低、英語ぐらい「読み聞き」できるよう勉強始めました。